ピンボールとは?

岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

ずっと憧れていた、自然に囲まれた山暮らし。
旧春日村の魅力にひかれ移住、
麻の手仕事をとおして、モノを創り出す過程や
現代の暮らしを見つめ直すきっかけを発信しながら
ナチュラルライフを楽しんでいます


麻処さあさ代表
田口 寿子(たぐち ひさこ)さん(揖斐川町)

【2023年6月26日更新】

生まれ育った神戸町を離れ、各務原の学校で10年勤務し、あこがれだった自然に囲まれた暮らしを県外で実践後、Uターンし、移住した旧春日村で結婚。「麻処さあさ」を営み、麻製品の制作販売などを行うかたわら、地方創生・地域おこしの活動として、移住相談、空き家案内、移住する人のサポートなどに尽力する田口寿子さん。地域に残る伝統を継承するワークショップや地域のつながりを創るイベント開催など、地域振興に努めています。

縁に導かれ旧春日村へ
 美術大学卒業後、各務原市で10年間働きながらも、いつか自然豊かな場所で暮らしたいという思いがありました。自然体験を探す中で、三重県の丸山千枚田に出逢い、ひとめぼれ。棚田オーナーになったことをきっかけに通い始め、棚田の保全やふるさと加工所の手伝いなどをするうちに移住したいと考え始めました。ところが、当時はまだ移住やスローライフという言葉がない時代だったこともあり、「田舎に住みたい」という単身女性に貸してもらえる住まいは見つかりませんでした。
あるとき、ボランティアをしていた児童館で染物を行うことになり、材料をどこで買うのか検索していたら、この当時春日村営だった「森の染織工房アトリエのの」にたどりつきました。大学では染織を学んでいましたので、工房で働きたいと申し出たところ採用が決まり、村営住宅を提供してもらえ、とんとん拍子で旧春日村に住むことになりました。染織の仕事も面白そうだし、大自然や山がある。もともと旅人気質でバックパッカー経験もあり、先のことも深く考えずひとりで引っ越してきました。
アトリエで働きながら念願の山暮らしを始めた翌年、林業と麻に関する仕事がしたいと、全国を旅していた夫と出会い、結婚。その後、同志と岐阜県産業用麻協会(現在は日本麻振興会岐阜支部)を立ち上げました。日本人の暮らしを支えてきた三草四木といわれる植物の中でも、麻は暮らしの道具、お守りや神社の鈴縄、神事にも使われるなど、日本人の精神を支える重要な植物です。でも、一般的には「麻=大麻=マリファナ」というイメージが強いため、正しい理解と麻の可能性を多くの人に広めたいという想いで活動を開始。し、麻を知ってもらうアイテムとして麻商品を創り始めました。

麻と地域おこしを軸に
しばらくして地球環境や麻が注目され始め、麻商品の制作に専念したいとアトリエを退職、夫とともに麻処さあさを立ち上げました。当時、麻だけにこだわって作った国産商品はまだ希少で、環境イベントで大人気となり、同時に全国から多くの注文を頂けるようになりました。移住に始まった怒涛の数年間でしたが、ゼロからものを作り上げることは好きですし、つながりを頂き、全国にたくさんの仲間もできて楽しかったです。
現在は麻炭焼きや麻布草木染め、和もの仕立てなどの制作、ネット通販による全国発送、環境イベントなどの出展がメインの活動です。自宅の工房での草木染体験や出前講座も行っています。また、私が住む旧春日村は「薬草の里かすが」と呼ばれる伊吹薬草の宝庫で、たくさん自生した薬草を使い、ホンモノの薬草に触れて学ぶワークショップも開催しています。この地域の資源を最大限に活かして、多くの人に知ってもらいたいと思っています。
SNSで山の暮らしを発信しながら、移住の相談も行っています。私が移住した18年前は人口約1600人でしたが、現在は約750人。この過疎のスピードに危機感を感じています。Uターンや移住者の受け入れに加え、春日を訪れる人が増えれば、活気を取り戻し、地域に伝わる知恵や技、思い合う心を日本中に広めることができると信じています。まずは春日地域を知ってもらい、訪れてもらえるように地域の魅力や情報を発信するインスタアカウントも個人で始めました。

過疎地域の抱える問題
「地域を元気に」「地域の方々と逢える機会を創りたい」という想いから、春日に住む10代の女子たちと秋に「季節外れの盆踊り」というイベントを開催しました。SNSを駆使し、多くの応援をいただき、当日の来場者は約350名と大盛況。「物理的に離れていても心は故郷にある」という方々の応援をたくさんいただき、この地域を守り続けられるよう、出来る限りのことを精一杯したいと覚悟しました。これからも地元の方々とタッグを組みながら盛り上げ、移住者だからこそわかる「人と人が支え合い、自然と共生する暮らし」の魅力を発信し続けようと思っています。
過疎が進む理由のひとつとして、働く場所がないことが考えられます。麻処さあさが雇用の場になればと、地域の女性たちに事務・経理やラッピング、裁断などの仕事をお願いしています。現在は耕作放棄地が増えていますが、無農薬や有機栽培など安心安全のお米をつくり、流通経路の開拓にも取り組み、「山で暮らしたい」という移住者家族が生計を立てられるよう事業拡大の準備もしています。この地域で経済がまわるように道筋をつくることも私の使命かなと思っています。

山と暮らし、山に感謝
山を眺め自然に寄りそって暮らしていると、人間の悩みや不安などちっぽけなこと、もっと謙虚でありたいと感じるようになりました。都会に住んでいた頃より収入は減りましたが、心の豊かさは今のほうが断然勝ります。田んぼの世話や麻商品の制作など、大変なこともありますが、よく眠り、ストレスもありません。窓を開ければ目の前に自然が広がり、毎日が森林浴。自分たちで育てたお米や子どもたちが釣ってくるアマゴやイワナの美味しさに日々、感動しています。昔ながらの日本人らしいシンプルな暮らしも大切にしつつ、便利なネット通販や移動販売車も利用して、肩ひじ張らない生活をおくることが田舎暮らしの楽しさにつながっています。
好きな言葉は「えんとつ町のプペル」という物語の中の「誰か見たのかよ?誰も見てないだろ、だったらわからないじゃないか」という言葉。最初からうまくいくことはないから、失敗と改善を繰り返して継続することが未来につながると信じています。いつかこの地域のみんなで麻やこだわり米の栽培をするために土を守り育てていきたい。「こうでなくてはだめ」というこだわりを持たず、自然が与えてくれる恵みを頂きながら、できることを全力でやっていきます。「ありがとう、おかげさま、おたがいさま」の気持ちを常に大切にしながら、小さな活動がいつか必ずこの地域を元気にする、そして、空き家や耕作放棄地に命がどんどん吹き込まれ、地域全体が日本中、世界中が笑顔で包まれるようこれからも活動していきます。