ピンボールとは?

岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

「感謝の気持ちを忘れない」
母は言葉ではなく、いつも
身をもって示してくれました。
感謝の心が人間を育てる、と
学生にも伝えています。


アンファッションカレッジ 学校長
安藤 貴久子(あんどう きくこ)さん(多治見市)

【2023年6月26日更新】

ファッション業界の最前線で活躍する多くの人材を輩出している「アンファッションカレッジ」。80年以上にわたる歴史と、質の高い服飾教育の実績を誇ります。安藤貴久子さんは校長職に留まらず、学生たちへの指導も熱心で、教室に足を運ぶことも少なくありません。多治見市産業・観光振興計画策定委員なども務め、地域貢献にも意欲的です。

2代目の校長に就任
 母が昭和15年に土岐市で「土岐津洋裁学校」を開いたのが、「アンファッションカレッジ」の創立となります。私や兄が着る服はすべて手作りで、夜中に目が覚めると、母が私たちの洋服を縫っている姿をよく見ました。私も小学校4年生の頃には、ミシンで人形の服を作っていました。常に洋裁が生活のなかにあって、私はファッションの世界で育ってきたとも言えます。
 高校生になると、ほかの人たちは将来が未知数なのに、私は学校を継がなくてはいけないと、それを素直に受け止められない自分もいて、葛藤した時期がありました。子どもの時分から絵が得意でしたので、美術大学にも行ってみたいという思いも持っていました。しかし当時、職業婦人として先端を走る母の苦労も知っていましたので、学校を引き継ぐ決心をして、服飾を専門とする東京の学校へ進みました。
 学生時代は「勉強に必要なものは送金するのでお金を惜しんでは駄目。その代わり、アルバイトはしないように」と母に強く言われていました。海外のファッション誌や高価な生地など、学ぶことに関してはお金の心配をしたことはなくて、本当に感謝しています。コンテストで受賞もしましたので、このまま東京で、という気持ちもありましたが、多治見に戻り、学校で働き始めました。
 服飾の教員に就いて、もう50年を超えます。学生への教え方については、経験を積むしかありません。母には厳しく指導されました。学校経営に関しては、母がことあるごとに自分の仕事の仕方を見せてくれて、まさに見て学んできました。そして昭和62年、母の跡を継ぎ、校長に就任しました。

地域での知名度アップ
 校長職は多忙ですが、学生への指導を優先したい気持ちが強く、つい教室に足が向いてしまいます。学生からは、意見を聞かせてほしいと、休日や夜間もLINEでデザイン画が送られてきますし、私自身も培ってきた知見をできるだけ学生に伝えていきたいので、指導の現場からはなかなか離れられません。学校経営や外部との折衝など、二の次になりがちです。
 もう10数年前になりますが、市之倉の「さかづき美術館」で、地場産業の美濃焼にからめたファッションショーを開催しました。野外ステージでの幻想的なショーには、普段ファッションに興味のない人たちも多く来ていただき、うちの学校の存在を広く知ってもらうきっかけになりました。そうした地域貢献が評価されて、行政や地域とのつながりもでき、学校の力を地域のために活用してもらう機会が増えてきました。コロナ禍で数は減ったものの、2021年には市などからの依頼で、多治見駅北広場にてコロナ支援のキャンペーンの周知のため野外ショーを開いています。
 学校を知ってもらい、関心を持ってもらい、必要と思ってもらう。それを目標にしてきましたので、少しでも叶ったことがうれしいです。学生にとっても発表の場が多いのは有意義なことですから、ご依頼があれば積極的に取り組んでいます。

ファッションが大好き
 岐阜県現代陶芸美術館協議会委員をはじめ、多治見市文化振興事業団の理事、テレビ愛知の番組審議委員を10年間務めるなど、学校外での仕事にも多く携わっています。そのため、ショーの企画や学校経営の業務は休日を当てることも多々あります。
 趣味と実益を兼ねて、海外旅行には毎年欠かさず行っています。新型コロナの影響でここ数年は出かけられていませんが、近年は東南アジアや西アジアを中心に回っています。工芸品や刺繍、布地、民族衣装の資料、書籍など、ファッションの参考になるようなものを集めて持ち帰ってきます。旅行中は学校のことが頭のなかから消えて、その国の文化や歴史に触れ、世界遺産や美術館巡りを純粋に楽しんでいます。
 長年の趣味が植物で、50年以上育てている観葉植物もあります。頭を空っぽにしたいときには草むしりをします。夢中でやり過ぎて、腱鞘炎になったくらいです。

一意専心で気を抜かず
 技術指導については、かなり高度な内容まで行っており、小さな学校ですが、全国のメジャーなコンテストでグランプリをはじめ、数多くの賞を獲得してきました。今後は学生が社会とつながるような、たとえばSDGsを意識した教育にも力を注いでいきたいと思っています。企業から大量に出る残布の活用、高齢者や身体が不自由な方に向けたファッションなど、いろいろと挑戦していきたいと考えます。
 地方にあって、しかも少人数の洋裁学校は、全国的にもほとんど残っていません。これまで80年以上にわたり続けてこられたのも、ひたむきに努力を積み重ね、何事にも一生懸命をモットーにしてやってきたからこそ、と感じています。「一意専心」です。
 本当に自分がやりたいと思ったことを貫き、一生懸命に頑張ってさえいれば、必ず天は味方してくれる、と母がよく口にしていました。その言葉を胸に、これからも技術、感性ともに、多様な社会に通用する豊かな人材の育成に邁進していきたいと思っています。