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有限会社トマトゆうげんがいしゃとまと
スタイリスト
鬼頭星夜さん(恵那市)

【2021年3月24日時点】

スタイリストはゴールや
正解がない仕事。コツコツと
スキルアップを図りつつ、
妻と手を取り合って
子育てに励みます。


恵那市に生まれ育ち、美容師になるという長年の夢を叶えた鬼頭さん。入社7年目となる現在では、40名ほどの固定客が彼を指名するなど、じわじわと人気がアップしています。そんな彼の暮らしに大きな変化が訪れたのは、2019年。長男が誕生すると、マネージャーの勧めもあって、男性社員として同社初となる育休を取得しました。5日間の育休を経て改めて感じたものは、支えてくれる人々への感謝でした。

高校時代から美容師に憧れ背中を押した母の言葉

 美容室に通い始めたのは、中学時代から。子どもの頃から髪を触るのが好きだったので、当時から友人の髪をセットするのも遊びのひとつでした。美容師の仕事を本格的に意識し始めたのは、高校生のときです。カット中の美容師さんの姿のかっこよさに、「いつか美容師になりたい」と思っていました。ただ、「母子家庭だから、高い費用がかかる美容専門学校には到底、進学できない。」と、どこか諦めてもいたんです。友人づてに母親が僕の夢を聞いたらしく、「本気で目指すなら、専門学校に行きなさい」と言ってくれたんです。そこで、地元の高校を卒業後、名古屋市の美容専門学校へ進学しました。
 2年間の専門学校時代にアルバイトしていたのが、現在の勤務先です。当時の仕事内容は、床の掃き掃除や洗濯、シャンプーやカラーをする先輩社員のフォローなど。憧れていたときには、華やかなイメージがありましたが、実際に働いてみると、地道な仕事がとても多くて。しかも、アットホームながら仕事には厳しい現場でした。正直なところ、"働く"ということがしっかりとイメージできていなかったと思いますし、今の自分の姿を想像するのは難しくて、「美容師に、本当になれるのだろうか」と思ったこともあります。それでも夢の職業でしたから、まったく目指す方向性がブレることはありませんでしたね。卒業後、20歳で入社して、ずっとやりたいと思っていた仕事に就くことができました。

スタイリストは奥が深く迷走した時期もあった

 現在の仕事は、カットやパーマ、シャンプーといった一般的なものから、七五三など行事ごとのヘアメイク。主なお客様は女性で、年齢層は10~60代まで幅広いです。仕事で重要なのは、カットなどの基本的な技術はもちろん、コミュニケーションが欠かせません。シニアの方は日常の出来事、30代の方なら子育てのお話など、世代ごとにトーク内容が違いますし、特に女性とのお話が得意だったわけではなかったので、最初はなかなか慣れませんでした。
私がもっとも苦しんだのはスキル面です。カットやブロー、染めの技術を磨くために、営業時間が終わってからマネキンに向き合うのですが、会社が規定するレベルになかなか到達できなくて。一見すると簡単に聞こえる「スタイル」は"これがベスト"という決まった正解があるわけではないので、どうしたら良いのかわからなくなることがありました。周囲が失敗したマネキンで埋まって、途方に暮れた経験は、二度や三度ではありません。練習台を引き受けてくれる同僚や先輩たちの助けもあって、晴れて社内での「スタイリスト」という肩書をいただいたのが、2018年です。この頃、高校2年生の時からのお付き合いをしていた同級生の妻と結婚しました。

第一子の誕生を機に育休を取得。家庭も充実しています

 長男が生まれたのは、2019年のことです。このとき、職場のマネージャーから育休の取得を勧められて、妻が実家から自宅に戻ってきてからの5日間、お休みをいただきました。新生児のお風呂については、子煩悩な義父から手ほどきを受けていたので、育休期間中はお風呂を主に担当していました。あとは、目が覚めているときにできるだけスキンシップをとっていましたね。今では、18時頃に帰宅後、お風呂や夜ご飯、オムツ交換などを僕が担当し、休日には散歩に連れ出しています。空腹時や眠たいときには、やはり妻の力が欠かせまんが、我が子はやっぱりかわいいもの。皿洗いや洗濯物の片付け、風呂掃除などの家事も手伝いつつ、できるところまでやってみたいと思っています。
共働きですので、ふたりの仕事がそれぞれのピークを迎える時期もあります。今のところ、子どもがやんちゃをしていてもピリピリせず、のんびり育児ができていると思いますが、これも育休の成果だと感じています。お互いに要領がわからず、「どうすればいいのだろう?」という時期に、短期間ながら我が子とずっと一緒にいられたのは大きい。ひしひしとそれを感じています。なお、育休取得の背景には、「男性社員初となる育休取得が『こんな働き方もできる』という新たな道しるべとなってくれたら」というマネージャーや同僚たちの願いもあったようです。多忙だったであろう5日間を支えてくれたマネージャーや同僚、そして、夢に向かってまっすぐ歩ませてくれた母に、本当に感謝しています。これからは100人以上のお客様から指名をいただけるトップスタイリストを目指しつつも、円満な家庭を築いていきたいですね。